
こんにちは。今回は、日本男子テニス界を長くけん引している錦織圭選手について紹介します。
錦織選手は、鋭いリターンとテンポの速いラリーを武器に世界のトップ選手たちと戦っている選手です。日本人男子として歴史に残る成績を残し、多くのファンに親しまれています。
2026年シーズンからはシューズをアシックスに変更し、9月28日にはアシックスとのアドバイザリースタッフ契約も発表されました。10月1日のジャパンオープン1回戦が、現役最後の試合となりました。
本記事では、錦織選手の使用シューズとラケットを中心に、プロフィール、プレースタイル、主な実績をまとめて紹介します。
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プロフィール
錦織圭選手は、1989年12月29日に島根県松江市で生まれました。身長178cmのテニス選手の中では小柄な選手で、右利きです。バックハンドは両手打ち。
2007年にプロのテニスキャリアをスタートさせ、ツアーで着実に実績を重ね、
2015年にはBIG4と言われるとてつもない選手(フェデラー、ナダル、ジョコビッチ、マレー)が数々の大会を独占している中、キャリアハイの世界ランキング4位を獲得。
2014年には全米オープンでラオニッチ選手、ワウリンカ選手、ジョコビッチ選手を破り決勝進出を果たし、
日本人として初めてグランドスラム決勝に進出しました。(決勝では絶好調チリッチ選手に敗れ残念ながら準優勝。)
この活躍で日本の皆さんの注目度が一気に上がりましたね。
(私がWOWOWを契約したきっかけとなったのもこの大会。)
ファンの皆さんは「ケイ」と呼んでいますね。
度重なる怪我と向き合いながらツアーを戦い続け、2026年4月30日に今季限りでの現役引退を表明しました。木下グループ・ジャパンオープンが現役最後の大会となり、10月1日の1回戦で第2シードのティアフォー選手に4-6, 4-6で敗れて、19年間のプロ生活を終えました。
2026年はチャレンジャー大会を中心に戦い、7月のワシントンATP500では1回戦を突破。世界ランキングは479位(2026年8月10日付)です。
Happy about win yesterday @atptour pic.twitter.com/aIatkrwC58
— Kei Nishikori (@keinishikori) July 26, 2023
プレースタイル
錦織圭選手はストローク主体のオールラウンドなプレーヤーで、素早いフットワークとコントロールの良いストロークが特徴の選手です。
特にバックハンドはジョコビッチ選手を始めとした多くのトッププレイヤーから称賛されています。
錦織選手はタッチ系のショットやテクニカルなショットも非常に得意な選手で相手の意表を突いたタイミングでのドロップショットや股抜きでのロブなど、ツアー選手の中でもトップのショットメーカーです。
また、リターンが非常に上手い選手でもあり、コートの中に入って早いタイミングで打つリターンは相手の脅威になってます。
プレースタイルとしては、マレー選手に似ていますが、ショットのセンス的にはフェデラー選手に似ていると個人的に思ってます。
何年か前にアガシさんとのフレンドリーマッチでは、ファンの方に対して「錦織選手はお金を払ってでも試合を見る価値のある選手!」と評していました。(私も錦織選手の試合は色々なプレーが見れるのでいつもワクワクしています。)
唯一の弱点を挙げるとしたらサービスですかね。
他の海外の選手と比べて小柄(日本人の中では十分大きいですが。)という部分もあると思いますが、中々サーブを武器にできないというのが、歯がゆいですね。
それでも年々改善していますし、エースではなく、相手の体制を崩して有利な展開に持っていける良いサーブを打っています。
また、近年はよりネットプレーを取り入れて早い展開でのポイントを取るようにしています。
因みに、錦織選手はメンタル弱いのでは?という話がよく話題に挙がりますが、寧ろ強いと思ってます。
錦織選手は接戦になった試合にめっぽう強く、ファイナルに持ち込んだ試合の勝率は74%ほどで歴代トップです。
メンタルが弱い選手がフルセットを勝ち抜くのは難しいでしょう。(そこまで持ち込んでる云々は別として。。。)
使用ラケット
錦織圭選手のシグネチャーモデルは、ウィルソンのウルトラ ツアー 98(Wilson Ultra Tour 98)です。日本では以前から販売されていましたが、2026年に世界でも展開されました。
なお、プロ選手が実際に使うラケットは、市販モデルとは仕様が異なることがあります。
幼少期からウイルソンのラケットを使用しており、TOUR BLX、STEAM、BURNときて、2019年からよりソフトなフィーリングで、ということでウルトラを使用しています。(錦織選手効果で当時の一般テニスプレーヤーのバーンの使用率は相当なものでした。)
ラケットの特徴は通常のラケットより若干長い(通常は27インチが多い)というのとトップヘビーよりな部分です。
トップヘビーのラケットは先端が重いのでスイングのスタートで重さを感じますが、ラケットの重さもボールにプラスされるため、威力のあるボールを打つことができます。(普段からトップライトのラケットを使っていると慣れるのに時間がかかりますが。。)
| ラケットスペック | |
|---|---|
| 重さ(ウエイト) | 308g |
| バランス | 32.5cm |
| サイズ/レングス | 27.25インチ |
| フェイス面積 | 98平方インチ |
| フレーム厚 | 22.0mm |
| ストリング・パターン | 18x19 |
同じULTRAシリーズは、ティエン選手やデミノー選手も使っています。同じULTRA TOURシリーズでは、鄭欽文選手がULTRA TOUR 95 QZ V5を使っています。ウイルソンを使うほかの選手は、シリーズ別にまとめた記事で紹介しています。
使用シューズはアシックス
錦織圭選手は2026年シーズンからシューズをアシックスに変更しています。長くナイキを履いていたので、現役最後のシーズンでの変更になりました。
2026年9月28日には、アシックスとアドバイザリースタッフ契約を結ぶことが発表されました。今後は錦織選手の経験をもとに、次世代の選手の育成やテニスの競技人口の拡大に、アシックスと一緒に取り組みます。発表に合わせて、シューズについてこう話しています。
以前からアシックスのテニスシューズを履いていますが、左右に大きく振られる展開でも足元に安定感があるため、難しいボールにも余裕を持って対応できます。長い試合でも終盤まで足がしっかり動いてくれる感覚があり、自信をもってプレーできる一足だと感じています
13歳のときに海外で練習する機会に恵まれた自身の経験から、「世界をめざす子どもたちが早い段階から思い切って挑戦できる場を、アシックスとともにつくっていきたい」ともコメントしています。
使用しているのはゲルレゾリューションX(GEL-RESOLUTION X)。ムゼッティ選手と同じモデルです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モデル名 | GEL-RESOLUTION X (ゲルレゾリューションX) |
| 特徴 | 横方向への動きと接地時の安定性を重視 |
| シリーズ | 2007年の初代から数えて10代目 |
アシックスによると、GEL-RESOLUTIONシリーズはベースライン付近で左右に動くことが多く、力強いフットワークや安定性を必要とするプレーヤーに向けたシリーズです。ストローク主体で左右に振られる展開の多い錦織選手のスタイルと、そのまま重なりますね。
こんな人におすすめ
- ベースラインで左右に動く展開が多い方
- 切り返しのときに足元がぐらつくのが気になる方
- 錦織選手と同じシューズを履いてみたい方
これまでのシューズの変遷
アディダス、ナイキと履き継いで、アシックスに至っています。ナイキ時代はズームヴェイパープロシリーズ(NIKE Air Zoom Vapor Pro)でした。
なお、ウェアはユニクロを着用しています。
実績
錦織圭選手のグランドスラムの最高成績は2014年の全米オープンの準優勝(優勝はチリッチ選手)、その他のグランドスラムは何れもベスト8が最高成績です。(サーフェスはハードとクレーが得意ですが、ウィンブルドンでもしっかり結果を残しています。)
ツアーファイナルでベスト4が最高成績です。
オリンピックでは、2016年のリオデジャネイロオリンピックでナダル選手に勝利し、銅メダルを獲得しています。
また、マスターズ1000では4回決勝に進出していますが、準優勝が最高成績です。
その他、ツアーでは12回優勝しています。
大きな大会の優勝こそ逃していますが、BIG4全盛期の中でこのような記録を残してきたのは本当に素晴らしいです。
(もしBIG4の誰か一人でも欠けていたら。。。とついついタラレバを妄想してしまうほど。。。)
ジャパンオープンは2012年・2014年に優勝
錦織選手は、9月30日から10月6日に東京・有明で開かれた木下グループジャパンオープン2026にワイルドカードで出場しました。大会は「現役最後のジャパンオープン」と発表しており、錦織選手は「かっこいい姿を皆さんの前で出せるように頑張ります」とコメントしていました。
錦織選手はこの大会で2012年と2014年に優勝しています。どちらの決勝も相手はラオニッチ選手でした。
| 年 | 決勝 |
|---|---|
| 2012年 | ラオニッチに7-6(5), 3-6, 6-0 |
| 2014年 | ラオニッチに7-6(5), 4-6, 6-4 |
2012年の優勝は、日本の男子選手としては1972年の坂井利郎さん以来40年ぶりでした。大会が1973年にATPツアーの公認となってからは、日本人として初めての優勝です。1回戦の添田豪選手との対戦は日本人同士の顔合わせで、そこから勝ち上がっての戴冠でした。
2026年大会の組み合わせと結果は、以下の記事にまとめています。
現役最後の試合|ジャパンオープンでティアフォーに敗れる
錦織選手の現役最後の試合は、2026年10月1日のジャパンオープン1回戦でした。相手は全米オープン2026でベスト4に入った第2シードのティアフォー選手で、4-6, 4-6で敗れています。2018年10月のウィーン以来、8年ぶり2度目の対戦で、前回は錦織選手が勝っていました。
有明は、2007年10月に錦織選手がプロ転向を宣言した場所です。平日の日中でしたが、有明コロシアムはほぼ満員でした。コイントスには伊達公子さんが登場し、会場は「ニシコリ」コールで沸いています。
試合の流れ|バックハンドのリターンエースで会場が沸く
第1セットは第1ゲームでいきなりブレークされましたが、1-2の第4ゲームでバックハンドのリターンエースを決めてブレークを返しました。しかし3-3の第7ゲームを破られ、4-6で落としています。
第2セットも第3ゲームを先にブレークされました。4-5で迎えたティアフォー選手のサービスゲームでは、先に2ポイント続けて奪い、会場はこの日一番の盛り上がりとなりましたが、最後は23本のラリーの末にドロップショットを決められています。試合時間は1時間14分で、ツアー本戦の685試合目が最後の試合になりました。
引退セレモニー|松岡修造さんの進行で花束
試合後はコート上でセレモニーが行われ、WOWOWで解説を務めていた松岡修造さんが進行役を務めました。杉山愛さん、国枝慎吾さん、添田豪さん、伊達公子さんから花束が贈られ、松岡さんからは「今日の試合はすばらしかったよ」と声をかけられています。
目を真っ赤にした錦織選手は、オンコートインタビューでこう話しました。
試合を終わるまで、こんな泣くなんて思ってなかったんですけど、終わった瞬間に、5歳からテニスを始めて、これだけ積み上げてきた30年がここで終わっちゃうんだなぁ、本気でプレーすることがなくなるんだなという喪失感みたいのが一気に押し寄せてきたんで。悲しさがやっぱり大きい
松岡さんに、最後の大会を全米オープンではなくジャパンオープンにした理由を問われると、「やっぱり日本でプレーできるのは格別なので、どうしてもここでプレーしたかったですし、今日もこれだけのお客さんが駆けつけて応援に来てくれたので、やっぱり、これ以上のことはないですね」と答えています。
花束を贈った先輩たちにも触れ、「修造さんをはじめ修造チャレンジで世界を目指すきっかけになって、愛さん、慎吾さん、添田くん、伊達さんも僕の目指す先輩として追う形で自分も世界に飛び立てたので、皆さんのおかげで自分の今があると思っています」と感謝を伝えました。
ビデオメッセージ|ジョコビッチ、アルカラスら12人が錦織選手をたたえた
セレモニーでは、大会が用意したビデオメッセージが流れました。登場したのはジョコビッチ、アルカラス、ズベレフ、マレー、ディミトロフ、デミノー、フリッツ、ティアフォー、フィス、ドレイパー、シェルトンの11選手と、長くコーチを務めたマイケル・チャンさんです。
ピークの錦織選手と何度も戦った選手は、バックハンドと闘志を挙げました。ジョコビッチ選手は「グランドスラムや世界中の大会で、素晴らしい戦いをしてきた。体のこと、怪我、直面したすべての困難から何度も戻ってきた君の粘り強さと闘志は、本当に称賛に値する。自分の町で、自分の国で、自分の国の人たちの前でキャリアを終えられるのは本当に良かった」と語り、マレーさんは「素晴らしい技術、驚異的なバックハンド。コートで対戦するのがいつも楽しかった」、ディミトロフ選手は「自分にとっては、おそらく史上最高の両手バックハンド。誰に聞かれても君だと答える」と話しています。デミノー選手は「何年も何年も君のバックハンドを研究してきたし、実際に対戦してもまだ驚かされる。教えてくれと頼んでも教えてくれなかったけど、引退したらコツを教えてほしい」と笑わせました。
若い世代は、子どものころに見ていた選手として語っています。アルカラス選手は「ツアーとファンに素晴らしい思い出を作ってくれてありがとう。自分もファンの一人です」、フィス選手は「子どもにとっても選手にとっても本当のロールモデル。子どものころ、この人は化け物だといつも言っていた」、ドレイパー選手は「子どものころからお気に入りの選手の一人だった」、シェルトン選手は「日本のアイコンで、世界中のスタジアムを沸かせたボールストライカー」と話しました。フリッツ選手は、16歳で初めて錦織選手と練習したときのことを「当時トップ5の君と打つのが緊張しすぎて、最初の数球はネットも越えなかった。でもその後も何度も練習してもらって、本当に助けになった」と振り返っています。ズベレフ選手は「日本だけでなく世界中の子どもたちにとって大きなインスピレーションだった。テニスの中でも外でも、これからの人生を楽しんでほしい。もしかしたら何かの形でまたこのスポーツに戻ってくるかもしれない」と語りました。
チャンさんは「錦織圭の一番良いところは、まだこれからだと思っている。いつも応援しています」と締めくくっています。
ビデオとは別に、ナダルさんはSNSで「素晴らしいキャリアにおめでとう。コートを共にできたことはいつも喜びだった。成し遂げたことと、多くの人に示した模範を誇りに思っていい」と投稿しました。チチパス選手も日本語で、錦織選手の試合を見るのがいつも好きだったこと、ツアーで見られなくなるのが寂しいことを投稿しています。
セレモニーのあとは場内を回ってファンの声援に応え、妻の山内舞さんと涙を流しながら抱き合っています。
勝ったティアフォー選手も錦織選手をたたえた
試合が終わると、ティアフォー選手はネット際で錦織選手を抱きしめ、勝った喜びはほとんど表に出しませんでした。セレモニーのビデオメッセージにも登場し、「史上最高の選手の一人。本物のレジェンドだ。人生の後半を楽しんでほしい。それと、キャリアでたくさん稼いだんだから1ドルくらい分けてくれよ」と、ティアフォー選手らしい冗談を交えてたたえています。観客への挨拶を早めに切り上げて錦織選手を指さし、自分のインタビューの前に錦織選手へ歩み寄って声をかけ、錦織選手のインタビューをじっと聞いていました。
ティアフォー選手は以前から錦織選手のファンを公言していて、2026年4月のポッドキャストでは、全盛期の錦織選手とフリッツ選手のどちらが上かと聞かれて「ケイのバックハンドは化け物だ。もしラスベガスでどっちに賭けるかと聞かれたらケイを選ぶさ」と答えています。錦織選手が引退を発表したあとの7月には、唯一の対戦で負けているので、引退する前にもう一度戦いたいと話していました。
その対戦が現役最後の試合で実現しました。組み合わせが決まった日、錦織選手は食事を終えたところでティアフォー選手に声をかけられています。「たまたま食事が終わった時にティアフォーが前から歩いてきて、あっちから握手してきて『やるね』みたいに言われたので知りました」と、対戦相手を本人から知ったことを明かしていました。
会見|「銀行にお金が大量に入っていたのに、急にゼロになったみたいな」
会見には、すっきりした表情で現れました。コート上で「喪失感」と表現した気持ちについては、「銀行にお金が大量に入っていたのに、急にゼロになったみたいな」と、独特な言葉で表現しています。
試合の内容には納得しておらず、「今日の内容では終われないなって感じですかね」とも振り返りました。「絶対にやらないですけど」と前置きしたうえで、冗談めかして「年末のチャレンジャー考えようかな」とも話しました。
コート上では、最後にこう話しています。
最後までこの負けず嫌いがなくならなくてよかったなと思ってます。このケガで何年も失った中で、最後の最後まで諦めずにプレーできたことが、自分の誇りかなと思います
大会最終日の10月6日(火)には、有明コロシアムでこれまでの活躍をたたえるセレモニーが行われ、本人も参加しました。10月11日には同じ有明コロシアムで、フェデラーさんと初めてダブルスを組んだエキシビションマッチに出場し、勝利しました。
おわりに
本記事では錦織圭選手のプロフィールを紹介しました。
錦織圭選手は2007年のプロ転向以降、日本初、アジア初の記録を塗り替え続け、日本のファンのみならず、世界中のファンを魅了してきました。
2008年にデルレイビーチで当時のトッププレイヤーだったジェームズ・ブレーク選手を破って優勝したというニュースは今でもよく覚えています。
それから15年以上の月日がたち、2026年シーズンでの引退が決まりました。全盛期のようなフットワークやショットの威力は落ちてきているかもしれませんが、経験を生かしたショットの選択やテクニックはまだまだ衰えていません。
10月1日のジャパンオープンで、19年間のプロ生活に幕を下ろしました。本当にお疲れさまでした。


















